#4
夏目自身が気がつかぬうちに、着物の前は開けられ、
緩んだ帯が辛うじて恥ずかしい場所を隠しているだけになっていた。
その獰猛な気配とは裏腹に、斑は丁寧に夏目を愛撫する。
濡れた舌が脇腹を掠め、柔らかい肉球が胸の飾りをくすぐり、
しなやかな毛が全身を撫でる。
新たな刺激を与えられるたびに、夏目は頭を降って声を上げた。
「もっと欲しいか?」
斑の問いに夏目は涙で潤んだ目を開けた。
熱に浮かされた夏目に理性を呼び起こしたのは、中級達のはしゃいだ声だった。
酔って歌う声は今はまだ遠い。
だがいつこの状況に気がつくか。
「…」
息の上がった夏目の答えは聞き取りづらく斑は夏目の口元に顔を寄せた。
すると夏目は両腕を斑の鼻先に伸ばし抱き着いた。
「…おねがい…ここじゃ、いやだ…」
拙い声で答える。
間近にある斑の目が笑ったように見えた。
「そうか。ここでは嫌か。ならばーー」
斑は毛氈ごと夏目をくわえ上げた。
夏目は毛氈にくるまれる格好になり、上がりそうになった声を無理矢理飲み込んだ。
少し硬い毛織物は、それだけで夏目の敏感になった身体を刺激する。
「夏目が酔ったようだ。我らは帰る」
有無を言わさぬ口調で言い放つと、八ツ原の面々の非難をものともせずに斑は空へと飛んだ。
空が青から夕闇に代わろうとするころ、深い森の奥で夏目は毛氈を頭からかぶり中に篭っていた。
「いい加減、拗ねるのはよせ」
事が終わったとたん、夏目にパンチで殴られた斑は、今はもうニャンコの姿に戻っている。
「まぁ。なんだ。八ツ原の連中も悪気があったわけではなかろう。
あの桜の美しさは有名だからお前に見せたかっただけだ」
夏目は毛氈の中からくぐもった声を出した。
さんざん鳴かされたせいで、喉は渇いて痛い。
「…ああなるって知ってたなら、教えてくれればいいのに」
「それについては謝る」
神妙な口調に驚いて夏目は毛氈から顔を出し、ニャンコ先生の顔をまじまじと見た。
「どうしたんだ。やけに素直じゃないか」
ニャンコ先生は僅かに赤くなった顔をぷいと背けて答えた。
「…お前がああなるところを見たくなかったといえば嘘になるからな。
それに、試したいことがあったのだ」
「試したいこと?」
ニャンコ先生は夏目の髪を小さな前足ですいた。
「お前が着ていた着物。
あれを身につけれいれば、ああなっても問題はないのだ。
妖から姿が見えなくなる」
「でも、先生には――」
ニャンコ先生はにやりと笑って答えた。
「着ている人間が受け入れることを許した者以外からは、見えなくなるのだ」
意味をしばし考えて理解したとたん、夏目はもう一発ニャンコ先生を殴り、毛氈に潜った。
ニャンコ先生が必死で掻きくどき、
夏目が拗ねるのを止めて二人が家に帰ったのは夜も更けたあとだったという。
<おしまい>
ありがとうございました★
#2
広い原っぱの真ん中に桜の巨木が一本聳えていた。
幹は大人3人でも抱えきれるかどうかという太さで、
伸び伸びと広がった枝という枝に、桜の花が満開だ。
「すごい…」
思わず声が零れる。
すでに宴席は始まっており、
夏目とニャンコ先生は桜に一番近い毛氈に案内された。
中級が酒とイカをニャンコ先生に、甘酒を夏目にそれぞれ奨めた。
「のんでもいいのか?」
「かまわん。後は何やってもいいぞ」
夏目がニャンコ先生にひそひそと尋ねると、
案外あっけない答えが返ってきた。
ならばと夏目は甘酒を飲む。
「おいしいな」
「でしょう?」
この為に取って置きのを用意したという中級はさもうれしそうだ。
しばらくすると、宴席は盛り上がっていった。
このあたり、人間の花見とかわりはない。
酔っ払いが踊り騒ぐ。
酒を飲めない夏目は、少し離れた毛氈の上からそれを眺め、
ついで頭上へと視線を移した。
青空に薄紅色の桜が美しい。
「桜が綺麗だな」
隣のニャンコ先生に同意を求めたが、
一人でさっさと盃を進めていたニャンコ先生は完全に酔っ払い
腹を上にむけて頃がっている。
夏目は甘酒の入った杯を置いて、ニャンコ先生を揺さぶった。
「おい、先生。風邪ひくぞ」
「うっさぁーい!にゃんこじゃないと言っとろうが!」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
とりあえず仰向けのニャンコ先生をひっくり返して、
夏目は甘酒を一口呑んだ。
つ、と唇に何かが当たった気がして盃を覗くと、桜の花びらが一枚浮かんでいた。
「うわっ」
ニャンコ先生に言われていたことを思い出し、夏目は慌てて盃を置いた。
<next>
#3
夏目は盃に浮かんだ花びらを摘んで、捨てた。
ニャンコ先生が珍しく真剣に忠告したからには理由があるに違いない。
「飲んでしまわなくてよかった…」
そして、肴として供された菓子に指を伸ばした時だった。
大きな影が夏目を覆った。
日に雲でもかかったか、と空を見上げると、そこには斑がいた。
白くふさふさした毛が夏目の顔を撫でる。
「先生、急にどうしーー」
夏目が言い終えるより先に、斑は夏目を毛氈に押し倒していた。
抵抗しようとするが、斑の細く伸ばした舌先が夏目の唇を器用に刺激し、
夏目の腕から力を奪う。
斑の目は獣のそれだった。
この目をした斑に、夏目は何度も喰われたことがある。
その時のことを思い出し、夏目の背に甘い悪寒が走った。
「先生…なんで…」
「お前が悪い」
言い切って、斑は夏目の耳たぶをなぶった。
「お前、桜の花びらを口にしただろう?」
「…食べて、ない。杯に浮かんでたから、捨てた…」
流され上がる息の下から夏目がようよう反論すると、斑は得たりと尾を振った。
「なるほど。だからこの程度で済んでいるのか」
「この程度って」
「こんなに見事な桜に人間が近づかないのは何故だと思う?
この桜の花びらを口にした人間は妖を誘うようになる。
誘われた妖が人間を喰らったから、人間は近づかなくなったんだ。
だから、見ろ。
お前の全身から妖をたぶらかす気が出ている」
斑は爪の先で夏目の着物の合わせを開き、薄い胸板に鼻を付けた。
「だから俺は花びらは食べてないって」
「だから誘われたのが私だけで済んでいるんだ。
食っていたらこのあたりの連中全部が襲い掛かってくるぞ」
その状況を想像し息をつめた夏目を見下ろし、斑は喉の奥で笑った。
「今なら私が陰になってあいつらからはお前が見えていない。だから…」
喋りながら斑は鼻先を徐々に下に下ろしていく。
さわさわと動く斑の口と息づかいが、夏目の肌を粟立てた。
「…諦めて、私に喰わせろ」
内股をぺろりと嘗め上げられる。
夏目の思考が霞みがかっていく。
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このSSは2010年4月上旬TOP絵にリンクしています。
#1
赤い毛氈(もうせん)の上にしどけなく横たわった夏目に、斑がのしかかる。
長い舌で夏目の細い首筋を嘗めると、色づいた細い声が夏目の口から零れた。
今、夏目の視界には斑しか写っていない。
身体の奥から沸き上がる熱によって靄がかかったような思考の中で、
夏目はぼんやりと考えた。
ああ、どうしてこんなことになったのだろう。と。
夏目は八ツ原の面々に誘われて行った花見の席で、着物を渡された。
「山桜の花見の席では、正装するんだ」
首を傾げた夏目に、説明したのはニャンコ先生だった。
もともとここに来るのに反対していたのはニャンコ先生のほうだった。
夏目が中級たちに押し切られるように諾の返事を返したとき、
ニャンコ先生は夏目に忠告していた。
「しきたりには従っておけ。
それから、桜の花びらは絶対に口にするな」
常になく真剣に言われて夏目は素直に頷いた。
もとより、厄介ごとに自分から意味もなく近づくつもりはない。
そういうとニャンコ先生は疑わしげに言った。
「どうだか。私がどれだけ苦労しとるかわかっておるのか?」
「もしかして危ないのか?」
「私のいうことに従っておけば危険はない。おそらくな」
ぶつぶつ文句をいいながらもニャンコ先生が花見に行くこと自体を止めなかったのは、
珍しく夏目が花見に興味をしめしたからだろう。
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