■この先にあるもの■

2013年9月時点でコミックスに収録されていない、いわゆるネタバレSSです。

問題ない、という方は→こちらから















































































ごろりと畳の上に寝転び、天井の木目を睨んだ。

日に焼けた白茶の筋は波のようにうねり、唐突に終わりを迎える。

乱れた板目の切り返しは施工の最中に間違えたのだろう、

一つの板だけが90度違う角度に取り付けられていた。



藤原家に来てすぐに気がついた異質。

まるで、俺のようだ、と考えたこともあるのに・・・

ふと、思い、見ていたくなくて視線を逸らし、でもまた見てしまう。

たくさんあるうちのひとつなのに、違うもの。

ごろり、と首だけ角度を変え目をつぶった。



香さんが幸せになればいい・・・

そう願うけど、幸せが何かよくわかっていない。

時の流れが違うから、いつか絶対別れはくるのだろうけど・・・


瞼を閉じた暗い世界で言いようの無い不安だけが凝り固まっていく。

後悔しないように、大切なら。成功すればいいと思う・・・と、

無責任に背を押すようなことを口に出してしまったけど・・・

胸元にぐるぐると重いものがしこり、ずきずき痛み始める。


本当は、成功して欲しいと自分の思いも混ぜて

願ったんだとわかっている・・・


「・・・・・・・・」


階段からトントン、身軽な音が聞こえ、鼻歌が加わった。

ご機嫌な足取りのニャンコ先生がわざと足音をたてて階段を

登っていることに気がついたのはつい最近だ。

そしてそれは、俺がいるときにしかされない。

帰ってくる音に胸が詰まる。



ニャンコ先生は”ただいま”と俺に向かって言う。

ニャンコ先生は”帰るぞ〜”と俺に呼びかける。

ニャンコ先生は”行って来ぉ〜い”と俺の背を押し、

”土産は七辻堂のまんじゅうでいいぞ”と戻ることを前提にねだる。

足音が止まり、襖が開く音と同時に


「ただいま〜にゃつめ〜!今帰ったぞ」


ニャンコ先生の声。


「ん?なんだ寝てるのかぁ?」と足音を消し呟いた。


聞き耳を立てながら眠ったふりを続ければ、胸元に重みがかかる。

腋の間に柔らかな感触が生まれ、温かさに息を呑んだ。



自分でもよく分からない。

触れた温かさよりも、胸の奥から溢れる何かが頬をあたたかくする。

ニャンコ先生の寝息が聞こえ始めてからようやく目を開ければ

強く瞑っていたからか、目尻から少しだけ涙が流れた。

たぶん、たぶんだけど、初めてだからなのかもしれない。

藤原さんも優しくしてくれるけど、この力は知らない。

田沼たちも親しくしてくれるけど、全部知ってるわけじゃない。

ニャンコ先生だけ、俺の今も、過去も、もう知ってて、知っても変わらなくて、

だから、だと思う。

だから、ニャンコ先生は特別なんだと思う。

だから、香さんの選択が嬉しくて、怖い。

真っ白な体を撫で、不思議な指さわりを味わった。

斑の時と同じ、目が醒めるような白さと滅多に見ないオレンジの

短毛に口端が歪む。

招き猫に封じられていたからニャンコ先生はこの容姿だと

文句を言っていたが、今では丸いフォルムを自慢げに語る。

基本的にポジティブで、ニャンコ先生と関わってから・・・


「・・・・・・・・ぁ」


ここの土地に来てからじゃない・・・

ニャンコ先生と一緒に暮らし始めてから、だ。

小さな口がもごもごと動き、細い瞳が現われる。

真っ黒な瞳に感情の色は映らないが、狼狽した自分の顔は見えた。


「ニャンコ先生?」


「・・・・・・・」


再び瞳が閉じ、寝息が再開された。

今度は深く、少し強めに触れても瞼は開かなかった。

頬のオレンジを指でなぞり、まるい輪郭を手の平で包んだ。

俺は、耐えられるだろうか・・・

香さんは妖に深く心惹かれて去られてしまった人だった。

大切なものの喪失を知る人だ。

その人の選択肢に一縷の望みを

きっと後でもっと泣くことになるのに・・・


そんなことない、私がそんなの・・・

追い払ってやるわ



泣くことになるのはいったいどちらのことだろうと

ふと思った。だけど、きっと、俺とニャンコ先生では、俺が・・・


俺もいつか・・・・喪う日が来るのだろうけど・・・


人に惹かれるアヤカシをいっぱい見てきたけど・・・

みんな去って行ったよ先生・・・・


ふわりとした毛皮に顔を埋めた。

細いひげが顔をくすぐり少し目を細める。

先生、ニャンコ先生・・・・

心だけで呼んで息をひそめた。


・・・・おれはね、成功すればいいなって思うよ・・・


だって、そうなら。

まえに成功した人がいるのならば、俺も続いていけると思うから。

考えたくない、考え切れない。

ニャンコ先生がいなくなるなんて、嫌だ。


こくりと喉が鳴り、頬が震えた。


「っ・・・・・・」


怖い・・・怖い、また、一人になるのが?違う、先生がいなくなるのが怖い。

たまらなく怖い。

す、と身を離しかけた瞬間白い真綿に包まれた。


「うわっ!」


足元がすくわれ柔らかなものの中に落された。

毛足の長いじゅうたんより柔らかなそれは温かく、とても知った温もりで、


「先生!苦しいっ!ねぼけるなよ!」


じたばたともがき腹の下から逃れれば、いつもと同じ場所に尻尾で寝ころばされる。


「先生?!」


問うがいつものように寝ぼけているのか返事は無い。

だけど、いつもは垂れてるしっぽが布団のように俺の肩にかかっていた。

首元をくすぐる様に、箒ではたくように動く。


「・・・・なんか、夢みてるのか?」


寝相悪い・・・

ぱん、ぱんとニャンコ先生の尻尾が揺れて、いつの間にか眠ってしまった。